想うままひとり暮らし

16才から始めたひとり暮らし、60代になった今もこれからも

日常とカラオケ

「筆ぐるめ」を使って、寒中お見舞いを印刷した。
去年、"年賀状じまい"をしていたが、2通ほど届いていた。
使いなれていない「筆ぐるめ」を使い、
なんとか印刷し、ひと息ついてエクレアを食べている。
温かい部屋で、のんびり過ごしていると、
今はどうしても、避難生活を送っている方々のことを考えてしまう。
3日前、テレビで被災状況を見続けていて辛くなり、
カラオケに行くことにした。

途中、凍っている場所で油断していて転んだ。
右手で身体をかばったために、起き上がってすぐに
右手首がガーーーンと痛み出した。
歳も歳だから、骨折したかな…と不安になりながらも、
カラオケ店に向かった。

マイクを左手に持ち替えても痛くて、
今日はカラオケを諦めて、薬局で湿布を買って帰ろうかと思った。
でも、いつも通り3時間歌って来た。
3日経ち痛みは治まってきているが、
包帯を巻いた右手では、字を書くことも家事をするのも不便だ。
まだ"仕事するな"という意味なのか。

あそこで転んだのは、きっとバチが当たったんだ。
大変な思いをしている方々がたくさんいるのに、
遊びに行こうとするから・・・という考えもある。
でも、こういう考え方もある。
被災者の気持ちに寄り添い、
苦しみ悲しみ続けるのは、"優しさ"だろうかと。
身内で、身近で、国内で、世界で、、
辛い思いをしている人は、いつもいる。
そうすると、ずっと苦しんで、
ずっと悲しんでいなければならない。
その、見て感じているだけの優しさは、
辛い思いをしている人達のために、何の役に立つだろう・・・

大災害や大事故がある度に、心が暗闇に突き落とされる。
でも、日常がある日突然非日常に変わる、
ということを心の隅に置いて、自分の生活を営み続ける。
それで良いのだと思う。