「筆ぐるめ」を使って、寒中お見舞いを印刷した。
去年、"年賀状じまい"をしていたが、2通ほど届いていた。
使いなれていない「筆ぐるめ」を使い、
なんとか印刷し、ひと息ついてエクレアを食べている。
温かい部屋で、のんびり過ごしていると、
今はどうしても、避難生活を送っている方々のことを考えてしまう。
3日前、テレビで被災状況を見続けていて辛くなり、
カラオケに行くことにした。
途中、凍っている場所で油断していて転んだ。
右手で身体をかばったために、起き上がってすぐに
右手首がガーーーンと痛み出した。
歳も歳だから、骨折したかな…と不安になりながらも、
カラオケ店に向かった。
マイクを左手に持ち替えても痛くて、
今日はカラオケを諦めて、薬局で湿布を買って帰ろうかと思った。
でも、いつも通り3時間歌って来た。
3日経ち痛みは治まってきているが、
包帯を巻いた右手では、字を書くことも家事をするのも不便だ。
まだ"仕事するな"という意味なのか。
あそこで転んだのは、きっとバチが当たったんだ。
大変な思いをしている方々がたくさんいるのに、
遊びに行こうとするから・・・という考えもある。
でも、こういう考え方もある。
被災者の気持ちに寄り添い、
苦しみ悲しみ続けるのは、"優しさ"だろうかと。
身内で、身近で、国内で、世界で、、
辛い思いをしている人は、いつもいる。
そうすると、ずっと苦しんで、
ずっと悲しんでいなければならない。
その、見て感じているだけの優しさは、
辛い思いをしている人達のために、何の役に立つだろう・・・
大災害や大事故がある度に、心が暗闇に突き落とされる。
でも、日常がある日突然非日常に変わる、
ということを心の隅に置いて、自分の生活を営み続ける。
それで良いのだと思う。