想うままひとり暮らし

16才から始めたひとり暮らし、60代になった今もこれからも

土下座しろ

スーパーのレジで、私の順番が来て
カゴを受け取りながら、女のコが、
「ちょっと、待ってください」と不愛想に言って、
前の客に支払い方を教えていた。
こちらを見ないまま、「少々、お待ちくださいませ」ではなく、
「ちょっと、待ってください」だった。
彼女は、間違いなくアルバイト。
機械操作などの作業を教わり、
接客という部分までの指導はないのだろう。
最近、どこの店に行っても、
客という意識の無い店員が増えたと感じる。
※私は「お客様は神様」と思っている類の人間ではない

子供の頃、父がTVの歌番組を観ながら、
(あれは、確か『ルビーの指輪』を聞きながら)
「こんな、風呂で屁ーこいているような歌、何がいいんだと」
とバカにして笑っていた。
自分が子供の頃に聴いていた"歌謡曲"と、
あまりにも違っていて聴いていられなかったのだろう。
私も最近、音楽番組を観ながら、
「雰囲気も見た目も同じ、大体、ダンスって歌の分野に入るの?」
なんて、あの時の父のように、拒否反応が出てきた。

カスハラのニュースを見ると、
日本には、わけのわからないことを言い出す、
変な人間(客)が急増した印象を受ける。
でも、店側からの視点になっているのでは?と思う。
こういう時は、こういう人は、こうするのが普通、
と思うことが、世代によって違う。
違和感がトラブルに発展することもあるのではないか。

例えば、店内で客とすれ違った時に
「いらっしゃいませ」の挨拶もない上に
ぶつかっても知らんぷりをするような店員がいて、
その後に、失礼な態度で接客するようなことがあれば、
客は怒りが爆発し、「土下座しろ」と言うまでに発展したり。
それが、「土下座しろ」と言ったところだけ切り取られ、
"カスハラ"とされる。

カスハラが多い企業は、
カスハラを生み出すような体質の企業なのではないかな・・

開かずの部屋

母が腐りかけた食品を食べないようにと
庫内を見やすく、取り出しやすくした冷蔵庫は、
母にも姉弟にも感謝され、一件落着と思ったら、
弟から、生前整理の話が出た。
つまり、実家に大量にある衣類や物品の
片付けをしてはどうかと・・・・

長女は、だんなさんの介護があるし、
元々”片付けられない人”だから、やれない。
また、次女の私がするしかない。
仕事を辞めたから時間もあるし。

ってことで、今度は生前整理を始めようと思う。
とは言っても、冷蔵庫の片付けの時もそうだったように、
捨てる捨てないの基準が大きく違う母の物を整理するのは、
その過程に大きなストレスを両者が感じることは、
わかりきっている。

実家に”開かずの部屋”がある。
ここ何十年も開けたことがない。
その部屋は、ウォークインクローゼットのようなもの。
大量の衣類が吊るされているはずだ。
昔、中に入ったことがあるが、
服の森に迷い込んだような感じがした。

オシャレ好きな母の服は着物も合わせて、
実家全体で1000着を優に超えているだろう。
一着一着母に確認しながら仕分けるのは、不可能に近い。
一着ごとに思い出話で中断するのはわかり切っている。
89歳まで生きて来た証、その思いを踏みにじるような形で、
テキパキ仕分け出来るほど、私は冷淡ではない。

衣類はお手上げでも、
バッグなら、なんとか進められるかもしれない。
それでも100個位はあるのだけど。
これがブランド品だったら・・と思う。

施設入居を諦め、自宅での暮らしを選んだ母の生活を
快適にするためにやらなきゃならないことが、
たくさんある。

福神漬けが、すぐ見つけられる

実家の冷蔵庫の片付けをしてきた。
野菜室は、整頓されていたので手を付けなかった。
冷凍庫は、メッシュの袋別収納を行った。
引き出しを開けて長く探す手間を無くした。

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問題は、冷蔵庫の部分。
賞味期限の長い物短い物が、混ぜこぜに入っている。
収納ケースを使って、ある程度整理はしてあったが、
すでに何がどこにあるかわからない状態だった。

気温が高くなる前に、
食卓テーブルに全て出して、仕分けを始めた。

瓶に入っているものは、フタを開けて中身を確認した。
変色したキュウリの酢の物や、すでに判別出来ない物もあった。
変色していたりカビが見えたら、
廃棄することにすぐ同意してくれるが、
賞味期限が切れていても、
見た目に変化が無いと、「まだ食べられる」と言う。
母の物だから、本人の意思を尊重しなければという思いもあり、
大丈夫かな?と不安に思いながら、残したものもあり・・。

収納の基本は、”何があるか全てが見えること”だ。
冷蔵庫の上段は、手が届きにくく見えにくい場所。
だから、ダイソーで買った長い収納ボックスを
4列に並べ、引き出せば、奥の物も見れるようにした。
保存期間の長い佃煮や梅干、福神漬け等のビンを並べた。

冷蔵庫の片付けは、短時間で終わらせないとならない。
急いで拭き掃除後、除菌を行い無事終了した。
食後残ったおかずを置けるスペースを広く作り、
しばらくは、この状態が保たれると思う。

高齢者宅の片付けのポイントは、
これはココ!とキチンとし過ぎないことだ。
制限が多いと、見た目のキレイは保てるけれど、
使いづらいものになってしまい、
結局は、元のごちやごちゃに戻るということになる。

最高の友達と思っている人がいて、
でも彼女は、私が誘わなかったら、
卒業後に会うことがなかったかもしれないし、
これからだって、会わないままになるかもしれない。
そう思った時、彼女にとっての
私の存在の意味がわからなくなった。
友達と言えるのだろうか?と。

恋愛も友情も、双方が必要としあって成り立つものだと思う。
今更、友達とは・・?と、
青臭いこと考えるのは、どうかと思う。
でも、私から誘うことをしなかったら、
会うことが無いのかもと思うと、
最高の友達と思っている私は、
恋愛で言えば片想いということになる。

彼女は、神経を逆撫するような言い方や表情をしない。
イライラする話もしない。
今まで何人もの友人と絶交している私なのに、
彼女とは一度もケンカをしたことがない。
別の友人は、彼女のことを感情が”平坦な人”と言う。
だから私みたいな性格の人間には、居心地がいいのかも。

彼女と一緒にカラオケに行ったことが無い。
私の影響でカラオケに行くようにはなったが…
一緒に遊んだりして楽しい相手というのが
友達の条件になるのなら、少し違う人だ。
彼女はとても頑固。しないと言ったらしない。
人によっては、ツマラナイ人と感じるかもしれない。

私の他に会っている友人がいるかといえば、
そんなにいる様子もない。
そこで思ったのは、彼女は私以上に
他人を必要としない人なのではないかということ。
”寂しがり屋で、濡れ落ち葉のようにまとわりつく人”
ではない、ということだ。
そこに、私が彼女を”最高の友達”と感じているのではないか。

友達は自分を映す鏡、と言われる。
納得した。

実家の台所は戦場

熱帯夜明け。キーを打つ腕はサラサラだ。
昨日の室温は、日中36℃にもなったので、
夜は、いつもより広く窓を開けて寝た。
北海道の熱帯夜は、数える程度しかない。
しばしの我慢だ。

近々、実家の“訪問サービス”を予定している。
その中でも冷蔵庫の片づけを、私はとても楽しみにしている。
反対に、目を三角にして怒る、母のかなりの抵抗
が予想される。
台所の主は、母。
それは私が生まれてからずっとそうだ。
台所にある食器棚や冷蔵庫等々、
母が管理していて、使いやすい状態になっているから、
いくら娘の私でも、変えてほしくない場所なのだ。

でも母は、歳を取って管理しきれないというか、
古くなって腐ったりしたものを把握できなくなっている。
瓶のフタを開けたら、カビで白くなっていたこともある。
実際お腹を壊したり、吐いたりしたことがある。
だから、とくに危険な冷蔵庫内の、
片付けがしたいし、しなければならないのだ。
それを、年老いた母は理解出来ず、
ただ、ただ、自分の陣地に勝手に入ってきて
好き放題する迷惑な娘、と捉えるのだ。

こんな暑い日が続く中、冷蔵庫内のものを
全部出してする作業しようとすると、
いつもにも増して、抵抗するだろう。。
でも、暑い日が続くから、余計にやらなければならない。
チェックしなければならない。

まず冷蔵庫のドアを開けた時、
残ったおかずを入れるスペースを広くしてきたい。
(今はぎゅうぎゅう詰めになっている)
そして、動線を考えて使いやすくしたい。
そのためには実際使っている母の協力が必要なので、
煽てながら、なだめながら行う。
短時間で終わらせるための作戦をいろいろ考えている。

終了後の母の笑顔だけを、期待して。

熱帯夜の夢と勉強

封筒を開けると、返却された履歴書のように、
私が出した便箋が3つ折りになって入っていた。
差出人にショートメールで謝ろうと、
携帯の連絡先を探そうとした時、目が覚めた。
”思ひつつ寝ればや人の見えつらむ”じゃないけれど、
暑くて寝苦しい夜は、デフラグされていない脳は、
過去の記憶を無秩序に繋いで変な夢を創る。

今日も、30℃を超えるという予想。
こんな日は、いくら天気が良くても、
ウォーキングをするのは身体に悪いだろう。
エアコンの無い部屋で(北海道は無いのが普通)
じっと耐えるしかない。
夜は、身体に接触している布が
柔らかいホットプレートのようになる。
今夜もまた、変な夢を見るんだろうか。

FPの勉強は、参考書を読む回数が、5回を超えた。
いくらなんでも5回も読めば、
かなり理解出来ていそうなものだけど、
相変わらず、「資産運用」のジャンルは、
??????????? バカみたいだ。
意味のわからない言葉というのは、
ただ文字を追っているだけでは、理解出来ない。
パソコンの勉強では、同じ本を何度も読むことで
理解出来るようになった。
あの時と決定的に違うのは、やはり、
「これからこれで食べて行く」という緊張感、
「高い受験料を払うのだから」というケチさ、
これがFPの勉強している今、無いからだ。

長い間、総務の担当任せだった社会保険のことが、
そういうふうになっているのね、と
今更になってわかったことが多い。
もっともっと若いうちから興味を持って、
年金などの知識があれば、年金生活に入った今の苦労は、
少なくて済んだのに。

今夜は、昨日以上に暑い夜になりそう。
熱帯夜に見る夢、リクエスト出来たらいいのに。

10000円のしあわせ

令和6年度、新たに非課税になった世帯への
給付金の申請書が届いた。
わかっていたから、驚き喜びはしなかった。

去年から、少ない年金生活が始まるにあたって、
現役の時とは違う金銭感覚になる努力を続けていた。
食費の面では、値上げが続いたために、
とくに努力が必要だった。

まず、コンビニに行かなくなった。
また、パンをパン屋さんで買う回数が減った。
スーパーで売っているパンより、
パン屋さんの方が美味しいと思っていたが、
ロイヤルブレッドを食べた時、
これで十分だと思った。
お惣菜も自分で作るようになった。
食品の値上げが多かったわりには、
食費は、抑えられていると思う。

衣類も、セカストでスカート等を買うようになり、
随分考え方が変わった。
普通のお店で買うのがバカらしく思うようになり、
ユニクロでさえ、ちょっと考える。
何を着ても"映え"なくなった年令になったせいもある。

こんな、節約、節約という生活を送っていても
そんなに惨めな気持ちにならないのは何故だろう。

昔、正社員の仕事を辞めた後の職場で、
先輩の主婦の方が、「10万円くらい、パーッと使ってみたい!!」
と切実な声を上げた。
私は、一回に数十万使っていた過去があるから、
そう・・・という顔しか出来なかった。

贅沢な暮らしは、一瞬の夢。
長く続くと、幸せも何も感じられなくなる。
今の質素の生活こそが、健全な一般人の生活。
10万円の給付金を、10000円ずつ今月から収入に加えることにした。
なんだろう、この心のゆとり。
ありがとう・・、誰に感謝すればいいのかな。