想うままひとり暮らし

16才から始めたひとり暮らし、60代になった今もこれからも

忍者一家

会いたくないと思っていると、遭ってしまうものだ。
今朝、ゴミ出しに出たら、
下のクレーマーさん親子が通路に立っていた。
外に出た気配もなかったので、
まさかいるとは思わず、驚いた。
傍を通る時、一応「おはようございます」と言ったら、
”今回は”返してくれた。

私の生活音を騒音と感じるくらい、
静寂が好きなクレーマーさん(主婦)。
親子の(夫婦のも)会話も笑い声も相変わらず聞こえない。
いるのかいないのかわからないことが多い。
そのくせ、窓の開閉音や生活音を、
気にしている感じはない。
シーンとしている時間が長い時、
留守と思って安心していると、
突然窓を開ける音がして、ドキッとする。
居たのかぁい!?と。

下から聞こえるのは、夜遅くの子供の(?)玉転がしの音、
大人なら(とくに音に敏感な)絶対出さないような
不規則な音。
いつも思うのだけど、騒音クレームを言うとすれば、
私の方なんだけど・・。

今朝は、迎えの車を待っていたようだった。
車に乗り込む時も、車が発進する時も静か過ぎて、
いつ行ったのかわからなかった。
迎えに来た人が親なら、孫に何か言うだろうし、
孫もはしゃいだ声を出すだろう、と、
それが普通と思うことがおかしいのかもしれない。
とにかく、はっきりと外出していないとわかっている今は、
安らぎの部屋。

でも、ずっと下の部屋に気を遣って生活していると、
それが当たり前になっていて、物足りない気分。
前のブログ『昭和のOL』に続いて、”慣れる”というのは、
オソロシイという話。