40代から60代のことを"ミドルシニア"と言うらしい。
なんでもカタカナにすれば、カッコイイと感じる日本人の私は、
ちょっとうれしい。
「若いね」とか、「カワイイね」と言われることが
素直に喜べなくなる年代になった。
でも「オシャレだね」は、誰でも喜ぶ褒め言葉だ。
このオシャレと感じる感覚について、考えてみた。
いつからだろう、ワンピースの時も、
プリーツスカートの時も、スニーカーを履くようになったのは。
ドレッシーな装いの時には、パンプスという観念がなくなっている。
地下鉄に座って、周りの人の足元を見ると、
老若男女問わず、スニーカーを履いている率が高い。
昔の、スーツに革靴、スカートにパンプスという常識は
とっくに無くなっている。
私が小一の時、新築した我が家の食卓は、カウンターだった。
豪邸でもない普通の家だったが、
あの時代の普通は、食卓テーブルか座卓だったから、
珍しかったし、オシャレだったと思う。
着ている服を見て、部屋の中を見て、
「オシャレだ」と感じるのは、
見慣れていないものに対して感じる感覚だ。
だから、日本的じゃない雰囲気、家具、小物、
そしてそのコーディネートを目にした時に
思わず「オシャレだ」と言ってしまうのだ。
逆に、外国人は、日本人がオシャレと感じないもの対して、
「オシャレだ」と感じるのだろう。
"オシャレ"は、日常的じゃない、奇をてらっているものに対する感覚。
そのため、見飽きたら感じなくなる。
いくら、奇をてらっていても
オシャレにはどうしても見えないものがある。
それは、穴の開いた破れたデニムのコーデ。
デニム以外の服やメークや髪や身体が美しくなければ、
オシャレとは程遠く感じる。